柴犬さくらの生活日記

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柴犬さくらの生活日記

2015.5.30に生まれた柴犬さくらの生活を、飼い主の孫にあたる現役高校生が綴るブログ。


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東日本大震災から6年・・・

 

もう6年ですか・・・

 

6年前と言うと、私は小学3年生。

 

その頃の記憶なんてほぼ消え去っているけど、

あの日だけは、今も鮮明に覚えています。

 

 

3月11日、年度の終わり。次の学年へと進む時期だ。

 

震災が起こった時、私は「お楽しみ会」という、2時間ぐらい通しで遊びに興じる、

クラス内行事としては最上級に楽しく、スペシャルな会に参加していた。

今思えば単なる遊びが1番の楽しみって、学校どんだけ つまんない世界だったんだって感じだが。

 

クラスとして、3年生として、最後の思い出。

 

 

それなりに満喫していた当時の私であったが、

そのとき先生が急に、椅子の下に入るようにと指示を飛ばした。

 

私は地震の揺れに全く気付いていなかったので、

椅子の下に入ってなんのゲームをやるの?と疑問に思っていた。

 

その後、クラス全員で中庭に避難した。

 

クラスの人の話を聞いて、確かそこで初めて、地震が起こったと知った。

 

 

教室に戻ったとき、校内放送で、

「宮城県で震度7の地震が発生しました。」と流れた。

 

まだ地震については習ってない頃だったんだけど、

その震度7がとんでもない大きさだという事は伝わってきた。

 

 

家に帰ると、どのチャンネルも震災の生中継をやっていた。

 

荒れ狂う海の水が、町を飲み込む。

ボロボロに破壊された家々が浮かんでいる。

 

何とも言えない光景だった。

 

3年生なので、人の死に絶句していた訳ではないと思うが、

とにかく声が出なかった。信じられなかった。

 

6年が経ち、中学を卒業した今になって思うと、

あの生中継の間にも多くの人が亡くなっていたという事実に胸が痛む。

 

 

それから現地に行かねばと幾度となく考えたが、

結局、足を運ぶことは1度も無かった。

 

行く時間がないのもあるが、

もしかしたら逃げていたのかもしれない。

 

その現実に目を背けていたのかもしれない。

 

 

 

話は変わるが、この記事を書くにあたって ふと、

最近PCで見たトップニュースを思い出した。

 

それはタレントのベッキーに、

騒動後 あのイチローが電話で励ましの声を掛けたという話。

 

その騒動の話を今持ってくるのは非常に失礼だとは思うのだが、

イチローは「頑張れ。」じゃなくて「一緒に頑張ろう。」と言ったそう。

 

 

あー確かに、「頑張れ。」ってただの押し付けだよな。

 

それが逆に重圧になることもあるよな。

 

「頑張れ。」じゃなくて「頑張ろう。」か。

 

 

というかもう、頑張る必要すら無いんじゃないかな?

 

被災地へメッセージってなると、

ほとんどの人が「頑張って!」と言うけども、

よく考えてみれば別に被災したからって無理に頑張る必要は全くないよね。

 

寧ろ我々の方が頑張らないとだよね。

 

 

 

学校に行かなくなり、何も無くなった時から、

被災地に対して何か貢献できないか、という気持ちがより強くなった。

 

と言っても自分には、

ただあの日を忘れないようにする事しかできなかった。

 

 

でも今は違う。今はブログがある。

 

そんな多くの人が見ている訳でもないが、

去年の8月から統計すると およそ2000人、東北から見てくれている人がいる。

 

今現在、被災地から このブログを見てくれている人はいるのだろうか。

 

ほぼいないとは思うけど、もし見てくれていたとしたら、

そんな人たちに、ほんの微量でも、癒しを与えられたらと思いつつ、

今後も柴犬さくらの生活を綴っていきます。

 

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あくびしながら言うなよw

 

 

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あっ、そっか。・・・すいませんでした。笑

 

 

 

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