えすのおと

15歳の現役高校生 “えす” のブログ。

やっぱりもう、学校は無理かもしれない。


f:id:Sakurachannel0530:20171020154158j:plain

【スポンサーリンク】
 

 

どうも。現在 高校1年生の “えす” です。

 

今日、1つ、感じたことがありました。

 

暗い話になるかもですが、文章化した方が分かりやすいので、

自身の気持ちの整理、そしてまた切り替えて生きていく為にも、

ここに今の気持ちを綴っておきます。

 

 

今日、久々に学校に行きました。

 

今日、学校に行きました。 

 

先週の水曜日に行った以来なので、およそ1週間ぶり。

 

私は通信制高校に通っているのですが、

スクーリングという年に1回 単位取得を兼ねて本校に出向くという行事があり、

今日はその事前指導があったためどうしても出席せねばならなかったのです。

 

 

生活リズムはいつも通り崩れていたので、眠くなるのは3時頃。 

そこで寝てしまえば起きるのは大体14時頃だろうか。

 

そんなワケで、確実に学校へ行くために寝ずに朝を迎えた。

 

 

お風呂を沸かし、その間にカップラーメンを啜り、そして湯船に浸かる。

 

家を出発する時間が徐々に近付いてくる。

 

それと同時に憂鬱が襲ってくる。

 

私の中に苛立ちが湧いてくる。

 

ニュースの左上の時計の数字が、1つ1つ脈を打つように私に圧迫感を与える。

 

少し慌てつつも準備を済ませ、家を出た。

 

 

駅に着く。

 

階段をゆっくりと下りるその瞬間から、既に何かを悟ったような感覚だった。

 

ホームの黄色い線の内側に立つ。

 

電車が来る。システムチックに扉が開く。

 

そこに見える物凄い数の人間。いつも通りの光景。

 

満員電車に揺られゆく、いつも通りの日々。

 

 

隣でイチャつくカップルらしき男女を色褪せた目の前のガラス越しに眺める。

 

後ろには幼稚園来の幼馴染が佇んでいる。

 

眼鏡をかけた、クラスに1人は居るガリ勉奴だ。

 

今日もこの満員電車の中で参考書のようなものを読んでいた。

 

何とも窮屈で、居心地の悪い空間である。

 

 

やっとの思いでそこから抜け出すと、目の前には乾いた景色が残っていた。

 

朝の人々の憂鬱なのか、私の情緒の枯渇なのか。

 

イヤホンから聴こえてくる音楽が相まって、

そこはまるで乾いたミュージックビデオのようで、どこか哀愁さえ感じた。

 

 

地下鉄を乗り換え、学校の最寄り駅に着いた。

 

その時点で無気力だった。疲れていた。

 

歩いても、踏み締めている感覚がなく、フワフワとしていた。

 

不思議とおぼつかない足取りで学校への道を進む。

 

途中で自転車に轢かれそうになったが、どうにか学校に辿り着いた。

 

【スポンサーリンク】
 

 

1日学校で過ごしてみて思った。もう、ダメだと。

 

教室に入ると、いつものグループが和気あいあいと話し合っていた。

 

私は彼らの後ろ、もはや定位置と化した席に腰をかける。

 

それにしても煩い。

 

本当に人間という生き物は煩いのだ。

 

激しいストレスを感じ、慌ててイヤホンを装着し、独りの世界へと没入した。

 

 

徐々に人が集まり始め、1限目が始まった。

 

教科は理科。台風のことについて聞かされたと記憶している。

 

無気力状態の私は、ちゃんと聞いているようなフリをしつつも、

いつも通り時計の針をボーっと眺めながら過ごしていた。

 

 

他の人々が楽しそうに授業を受けている。

 

先生からの問いに積極的に声を出して答えている。

 

内心どう思っているのかは知らないし知ったこっちゃないが、

私の目にはそれが楽しんでいるように映った。

 

その様子をただ、傍観していた。

 

 

一体このくだらない授業のどこが面白いのだろうか。

 

彼ら彼女らの気持ちが全くもって分からない。

 

私とは見えている世界が違うのだろうか、とも思った。

 

Instagramという現代的な幻想世界のように、

見える景色全てがフォトジェニックでキラキラと輝いているのだろうか。

 

何か私には無いフィルターが存在しているのだろうか。

 

 

こっちは、ただひたすらに淀んでいたよ。

 

ちょうど今日の曇り空のような、モノクロな世界が目の前に広がっていた。

 

 

2,3限目はよく分からないことをやった。

 

あれは、何だったのだろう。

会議の進め方、のような、そうでないような。

 

ただただ苦痛で、詳しい事はよく頭に入っていない。

 

とりあえず、4人グループで意見を出し合うという内容だった。

 

 

私は、ずーっと無言だった。独り黙っていた。

 

コミュ障だから、というのもあるが、

何と言うか、喋る気力さえ出なくなってしまっていたのだ。

 

その後はプリントに会議の末に出たアイデアの詳細を書くという作業があったが、

他の人が何枚も仕上げていく中で、私は1度たりとも手を動かすことができなかった。

 

1人1枚以上は仕上げるようにと言われたのに。

 

やり方はそれなりに理解していたのに。

 

 

自分でも何でそうなったのかが全く分からない。

 

分からないんだけど、どこか穴が空いてしまったような、

心が空っぽになってしまったような、そんな感覚があった。

 

 

そして、あぁ、もうダメだな。と察した。

 

 

此処にいたらきっと、自分はダメになる。

 

此処にいたらきっと、自分が壊れていく。

 

此処にいたらきっと、自分が終わっていく。

 

 

このままだといつか溢れ出す。受け止めきれなくなる。

 

直感的にそう思って、死にそうになって、死にたくなった。

 

2年前の不登校時代の記憶が走馬灯のように蘇る。

 

もうあの時のような苦痛はないと思っていた。

 

あの時と比べればこんなもん...!そうやって今日まで精神の安定を保ってきた。

 

勿論、あの時と比較してしまえば今回もまだ全然ではあるが、

久しぶりに絶望という負の感情で泣きそうになった。

 

年老いてきて涙脆くなりドラマや映画を観るたびに泣きそうになっていたが、

絶望で泣きそうになるのは本当に久々で、まさにあの時にそっくりで・・・。

 

 

その授業は何とか乗り切ったが、心は空っぽのままで、

校舎を出て30秒で着くコンビニに昼食を買いに行く気力さえなかった。

 

何も口にしないまま、

最後に残った2時間にも及ぶスクーリングの説明を必死で耐え、

激しく消耗した限界の状態の中、帰路についた。

 

 

歩くのが精一杯だった。

 

空っぽの中で、何とか力を振り絞って歩いた。

 

青年に抜かれ、終いには老人にまで抜かれた。

 

その程度のスピードでしか歩けなかった。

 

 

駅の階段を下り地下へと入っていったとき、

緩やかな下り坂の先の信号がいつもより遠くそしてぼんやりと見えたとき、

なぜか無性に泣きたくなって、もうダメだと、無理だと、限界だと、そう感じた。

 

【スポンサーリンク】
 

 

最低限クリアせねばならない課題なのは分かってる。

 

学校に登校する。

 

そんな人間としての基本。人間としての常識。

 

世間から見ればとんでもなく低いハードルなんだと、

出来て当たり前なことなんだと、最低限クリアせねばならない課題なんだと、

それは分かってる。重々承知しているつもりだよ。

 

でも、もう無理なんだよ。

 

その低いハードルも、当然も、常識も、最低限のラインも、

世間から見てどんな簡単な事柄であろうとも、私にはもう、不可能なんだよ...

 

 

それが傍から見れば最低限のラインからも逃げているという事だったとしても、

所詮 私は社会不適合者。もう、無理なんです・・・。

 

 

学校が、私の生活を破滅へと追い込む。

 

前にも書いたと思うが、夏休みは大層幸せだった。

 

何故だかは分からなかった。

 

特におでかけに行きまくっていたワケでもないのに、

すごく幸福感があって、人生で初めて本当の自由を体験できた気がした。

 

だが、夏休みが終わり、学校が始まってから、それは一気に逆転。

 

幸福度は明らかに下がり、

夏休みが楽しかったのは学校がなかったから、

というたったそれだけの事だったんだと強く実感した。

 

 

学校が嫌で、その憂鬱が私をベッドに押し付ける。

そうして生活リズムは崩れていく。

 

私が通っている学校では毎月 出席表に目標を書くのだが、

今月は 学校になるべく出席するために生活リズムを安定させねばならないので

たとえ土日だとしても夜更かしをしない、という趣旨のことを書いた。

 

だが蓋を開けてみれば私の生活を崩壊させているのは

土日でも何でもない学校という存在そのものではないか。

 

 

そしてもし学校に行けたとしても そこはストレスの巣窟。

 

何か得るものがあるのなら多少のストレスは我慢できるが、

4月に入学してから既に半年も経ってるのに

未だに学校に行ってて良かったことが1つとして思い浮かばない。てかもう半年も経ってたのか。

 

最近は特にただ満員電車というストレスの中に揺られ、

学校というストレスに潰され、なんの成果もないまま家に帰ることがほとんど。

 

 

学校が私の生活を破滅へと追い込んでいる ようにしか思えなくなってきています...。

 

 

何の為に学校に行っているのかなんて分からない。

 

そもそも最初から目的も理由も何もなかった。

 

2年間の不登校期間を経て、お先真っ暗で、何も見えなくなって。

 

高校に行く、という大前提を決めたのが

確か入学のわずか半年前にあたる去年の10月だよ。 

 

そしてそこから初めて学校見学へ行くようになったのが3ヶ月前の1月。

面接試験から数えればたったの1ヶ月前。

 

試験の1ヶ月前にやっと志望校を決めたんだよ。

 

何も分からなくて、高校は小・中学に続く義務教育みたいなもんという

大凡感じていた社会の流れに沿ってとりあえず入っちゃったんだよ。

 

目的も理由も、何1つとして考える暇もなく。

 

何となくで。

 

 

最初は確かに辛くはあったけど、頑張ろうという意志があった。

 

理由は分からない。

 

やはり根がクソ真面目だからなのか。

 

不登校を脱却し、やっと陽の光の下を堂々と歩けるという喜びからだろうか。

 

 

でも、今は違う。

 

学校は楽しくなくて、学校は面白くなくて、学校はつまらなくて、学校はくだらなくて、

学校に価値を感じず、学校に意味を感じず、学校に希望を感じず・・・

 

今まで分からない授業でも時計の針を眺めながら何とか耐えていたが、

もう今は、そうやって耐える自信も全くない。すぐに折れてしまいそう。

 

もう、あのストレスに耐えられない。

 

 

目的も、理由も、何もかも分からないよ。

 

 

とにかく、もう、学校は無理です。

 

私にはもう、無理です。

 

空っぽになってしまいました。

 

立ち直れる気がしません。

再び学校に登校できる気がしません。

 

この精神の崩れで私生活やブログに支障が出ることは全くないと思うんだけど、

とにかく学校に限ってはもう何も為せる気がしなくなりました。。。

 

 

だからと言って高校を辞めたいって事ではないですけどね。勿論。

 

人生に関わる重大な決断をこんなほんの一瞬の感情に流されて行なうワケもありませんし、

いくら右も左も分からない状態での入学だったとは言え

高額な学費を払わせておいてそれってのは明らかにおかしすぎる。

 

だから高校を辞めるっていう話では全くもって無いんですけど、

とにかく学校に行くことによるストレスにもう耐えられないんです。

 

限界なんです。一杯一杯なんです。

 

今も書きながらにしてストレスなのか全身が蕁麻疹だらけ。。。

 

 

もう、無理なんです。

 

【スポンサーリンク】
 

 

まとめ

 

以上、とてつもなく弱気なエントリーになってしまいましたが...。

 

なんかもう、燃え尽きちゃった。

すっごい唐突なんだけど燃え尽きちゃったんだよ。完全に。

 

今後、学校に行ける気がしない。

あのストレスが怖い。とにかく怖い。

 

 

でもこうして全てを文字に起こして少しスッキリした部分もあるので、

今日はとりあえず寝て、また明日からいつも通り生きていこうと思います。

学校だけは断じて無理だけど。

 

 

☆こんな記事も書いています。

 

 

最後までご覧頂きありがとうございました。

 

 

すいません こんな記事で。。。